パンとお皿

多分パンにも皿にも特に言及しません

20190116

朝。蒸し鶏と目玉焼きの丼。

昼。梅とレタスの炒飯。

夜。晩杯屋で適当に飲み食い。

 

振り替え休日の日。子供を園まで送り届けた後、家事をしたり、『アルトのアドベンチャー』で遊んだり、写真をスキャンして整理したり、無線LANの設定がまだ終わっていなかった機器類の調整を行うなどして過ごす。

 

昼過ぎ。昨年入院したときに親戚から頂いたお守りを返すために神田明神へ行く。平日昼間にしては参拝客で賑わっていたのだが、初めて行く場所だったので、この賑わい方が普段からのものなのか、まだ辛うじて初詣気分が残っている時期だったからなのかはよく分からない。

 

そのまま歩いて神保町へ行き、幾つかの書店を見て回る。暮しの手帖から出ている「エプロンメモ」という、家事のちょっとした工夫に関する端書きが大量に掲載された本と、1979年に刊行されたフランス料理のレシピやヨーロッパ文化に関する記事がまとめられたハードカバーの大判のムック本めいたものを買う。2冊で1500円弱。

 

さらに九段下まで歩いて日本武道館エレファントカシマシのライブを観る。と言うより、いま開演を待ちながらこれを書いている。 

 

エレファントカシマシのライブは今まで観たことが無いし、CDも一枚も持っていないのだが、去年のフジロックでのライブをYouTube配信で観て衝撃を覚えたので、その衝撃のままにワンマンライブのチケットを取ってしまった。

しかし、フジロックから半年以上、チケットを申し込んでからも何ヶ月も経った今となっては「馴染みが薄いバンドの長丁場のワンマンライブを楽しめるだろうか」と些か不安ではある。

 

 

 

そしてライブが終わった。三時間近くの長丁場。MCなどはほぼ無く、最初から最後まで力強く歌い続ける宮本浩次の存在感と説得力に圧倒された。

 

はじめてエレファントカシマシの音楽をじっくり聴いて、宮本浩次という人は、初期の曲から最近の曲に至るまで、多くの局面で、この世界の中で生きる事、社会の成員として存在する事、一人の生活者として日々を営んでいく事に、やりづらさや息苦しさを覚えつつ、そのネガティブな感覚をいかにしてねじ伏せるのか、はたまた折り合いを付けて行くのかを、自分自身の気持ちを真摯に見つめながら出てくる嘘偽りのない言葉で歌おうとしているのだなと感じた。本当に嘘偽りが有るのか無いのかは分からないけれど、少なくとも、聴衆の一人としてはそう感じるだけの説得力が迸っていた。

 

それにしても、フジロックの時も感じたのだたけれど、あれだけバケモノじみた歌い方をしてもピッチが狂わない人が、キャリア30年にもなろうという時期に、ライブで完全に声が飛んでしまう造りの「Easy go」なんて曲を作った事、それを声が跳ぶこともお構いなしで絶唱してみせて、観客を熱狂させるパフォーマンスとして成立させている事、散々声を飛ばしまくった次の曲以降ではしれっと危なげないピッチを取り戻してみせた事が、一番衝撃的でした。