パンとお皿

多分パンにも皿にも特に言及しません

20190227

朝。納豆ご飯とスープ。

昼。鶏と玉ねぎの炒めもの、ブロッコリー、冷凍の白身魚フライ。

夜。鶏とレンコンの炒めもの。

 

税金がどのような仕組みで徴収されて、どのように使われているのか、何となくでしか認識できていない。確定申告や源泉徴収といった言葉の意味も曖昧だ。

良い大人としてこれではまずいかと思い、拠り所になる知識を求めて、岩波新書の三木義一『日本の納税者』を読んでみたら、税金に関する認識が曖昧なのは日本人の大多数に当てはまる特性であり、何故そのような事態に至ったのかという事を、歴史的経緯を紐解きながら、隠しきれない憤りを漂わせつつ説明してくれる内容だった。

日本の法律や制度は、日本人の納税者としての自覚や、もう一つ大きなスケールで言うと、国家に対する主権者としての当事者意識を希薄にするように設計されてしまっている。そのような状況下で運営されてきた国家の中に生きるわれわれ日本人は、当事者意識を欠落させたまま、ずるずると堕落没落し続けていくという問題意識が、「納税」という一つのイシューを通じて繰り出される一冊。

20190226

朝。納豆と味噌汁。

昼。ウィンナー、玉子焼き、ほうれん草のお浸し、冷凍の白身魚フライ。

夜。ハンバーグ、ほうれん草とコーンの炒めもの。

 

もう20年以上前になるのだが、関西大学の近くの雑居ビルの三階に有った「ぼけ書房」という古本屋にたまに足を運んでいた。決して広くない薄暗くて薄汚い店内は、異様な量の本で床から天井まで埋め尽くされていて、他の客とまともにすれ違う事すらできない程の圧迫感に満ちあふれていた覚えがある。そして全般的に嘘みたいに安くて、一番安い価格帯だと一冊五円というものも有った。多分今後の人生において、古本屋であれより安い本を目にする事は無いと思う。

 

という事を急に思い出して、「ぼけ書房」の事をGoogleで検索してみたのだが、信じられないぐらいヒットする情報が少ない。情報が皆無ならまだ、こちら側が店名か何かを勘違いしている可能性も有るのだが、確かにあの店について言及していると確信できる証言や写真も数件は見かけたので、シンプルに、Googleで検索できる範囲で、「ぼけ書房」について言及している人が極めて少ないという事になる。

 

当時の「ぼけ書房」の老朽化具合を考えるとそれなりに長い期間、それも大規模大学のすぐ近くという、古本屋にとってはかなりの客足を見込める立地で少なくともほんの20年前ぐらいまでは営業されていた筈だし、何より、一度でも足を踏み入れた人には強烈なインパクトを残す「魔窟」と言っても良いほどの店だったのに、それが、Googleの目が届く範囲ではほぼ忘れ去られた格好になっている事に静かな寂しさを感じている。

20190225

朝。残っていたカレーにトマト缶を足したもの。

昼。マルちゃんやきそば弁当

夜。親子丼、ほうれん草のおひたし、味噌汁。

 

金曜日に弁当箱を職場に置き忘れてきてしまったので、仕方なく、随分前に北海道物産展で買ったマルちゃんのやきそば弁当を昼食とする。札幌で生活していた学生時代にこれを食べるときは、ちゃんと残り湯でスープを作っていたが、さすがに良い年してこんなギミックに付き合う事も無いだろうと思い、普通にケトルからお湯を注いでスープを作った。

 

いい加減、アルフォンソ・キュアロンの『ローマ』を観ようと思い、PS4を立ち上げてNetflixを起動させる所までは辿り着いたが、そこから2時間以上というのがどうにも気乗りせず、結局Spotifyに切り替えてドビュッシー弦楽四重奏ものなどを聴いている。家で映画、それも初見の作品を観るのがどうしても苦手で、幾つもの歴史的名作を未履修のまま積み残している。今度の「午前10時の映画祭」では、『ゴッドファーザー』と『ベニスに死す』は何とか観ておきたい。

 

何日かかけて読み進めていたV.E.フランクルの『夜と霧』を読了。昔古本屋で買ってから、なかなか読む気になれず、12〜3年ぐらい積んでいたのだけれど、読んで良かった。紛うことなく名著中の名著。しかし読後感は当然のことながら重たすぎる。

20190224

朝。チーズカレートースト。

昼。おにぎりとフランクフルト。

夜。頂きものの讃岐うどん、余り物のかき揚げ。

 

スーパーマーケットでポイントカードを作ってみたら、「クレジットカードでの買い物にはポイントが付かない」と言われてうろたえる。普段の支払の大半はポイント還元目当てにクレジットカードで賄っている。スーパー独自のポイント還元率とクレジットカードの還元率を天秤にかけて優先度を決めて買い物とか、やれる気がしない。

 

 

20190223

朝。ハムチーズトースト。

昼。富士そばの煮干しラーメン。

夜。カレー。

 

不動産屋へ行き、住宅ローンの申請書を提出する。不動産屋が推薦する、実際に、審査が通った金融機関のうち一番金利が低い所にお願いする事にしたのだが、書類を書き終えた時点で、「あー、すみません。お伝えしなくちゃいけない事が頭から抜けてました。この金融機関だと、お客様が希望されている条件を一つだけ満たせないんでした」と言われてしまい、頑張ればどうにか調整できる条件だったので譲歩した。あの不動産屋、「頭から抜けてた」だなんて方便で、最初からこちらに譲歩させて提携期間と契約させるつもりで、申請書を書き終えるのを待っていたんだろうなとは思う。

 

不動産屋の担当の方は、表面上は丁寧に対応して下さるのだが、何かを説明するとき、例えば「この物件の場合、東京都が定める景観に関する条例に沿って、外壁の塗装や形状に配慮しなくちゃいけないんですよ。この条例に関して話題になった出来事がありまして、それが」とまで言葉を繋げた所で、変な間を置いて、こちらに「ああ、楳図かずお」と言わせる、ちょっとしたクイズみたいな問答を事あるごとに発生させようとする。きっと、客の知識量などを見極めながら、正答できるレベルのミニクイズを商談の随所に散りばめて、それらに正解させる事で客の自尊心をくすぐるテクニックを弄しているのだろう、と面倒くさく思いつつ、一応、今までのところクイズにはほぼ全問正解している。一度、金利に関する問題で間違えた。

 

 

不動産屋を出たその足で立川へ向かい、映画を観る。

 

女王陛下のお気に入り』。優雅で上品な映画なのだろうかと想像しながら足を運んだら、優雅ではあるが、そこそこ下品な映画だった。下品で下世話な欲望を満たすために手段を択ばない人々の揉め事を。美麗な宮殿やドレスといった意趣で鮮やかに飾り立てながら、優雅に堂々と物語る太々しい語り口が楽しい。心身共にボロボロな狂気の淵に立つ王女を演じるオリヴィア・コールマン、可憐な要望の中に底知れぬ狡猾さを漲らせた侍女を演じるエマ・ストーン、そのエマ・ストーンと対立する事になる気高く美しく執念深い公爵夫人を演じるレイチェル・ワイズ。この主演女優三人の演技がとにかく見事。相当ドロドロとした話なのに、不思議と、過剰な湿気を伴わなずに軽い口当たりが維持されていたのは、彼女たちの演技の塩梅によってもたらされるものが大きかったように思う。

 

続けざまに、『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督の新作『ビール・ストリートの恋人たち』。まず、邦題が良くない。 "If Beale Street Could Talk" という原題であればこの物語の展開にうってつけのビターなニュアンスをもたらしてくれるのだけれど、この邦題ではそのニュアンスが損なわれてしまう。ただ、大きな不満点はそれぐらいで、静かな怒りと哀しみと愛と絶望と希望を、深く、力強く、誠実にファイルに刻み込むことで、そのフィルムの力で、世界に立ち向かおうとする気概に満ち溢れた、高潔な作品だった。世界にはびこる不条理で残酷な状況に踏みつぶされないために、崖っぷちで踏ん張り続ける恋人たち、家族たちのストラグルは、決して順調には進まない。そのもどかしさや遣り切れなさを描き切る事で、観客の心に重たい置き土産を預けていくような作品。後味は決して良くないけれど、『ムーンライト』同様に、作品全体を凛とした矜持のようなものが支える美しい映画だった。

20190222

朝。納豆ごはん、あおさスープ。

昼。豚肉とネギの炒めもの、プチトマト。

夜。豚丼。晩酌に生ハムなど。

 

なんとなく録画していたスーパーボウルを観る。アメフトの試合を観るのは初めてだし、ルールもまったく分からないながらに、結構楽しめた。

20190221

朝。冷や奴、カボチャの煮付け、大根のスープ。

昼。オクラとチキンのカレー。

夜。トマトソーススパゲッティ。

 

住民票、課税証明書、印鑑証明書を取得するために午前休を取って朝から役所へ行く。ついでに、貯金箱に貯めていた大量の小銭を口座に入金するために銀行へ行き、さらに、十年以上放置していた郵貯(300円ぐらい入っていた)の通帳の再発行のために郵便局も周り、事のついでに、平日昼間しか電話が繋がらない保険会社に電話して不要な保険の解約まで済ませてしまった。やるべき事を成し遂げた充実感を抱きつつ、ショッピングモールのインドカレー屋で昼食を取る。

 

家の購入にあたって、家計と本格的に向き合うために、今まで何度も挫折してきた家計簿を改めて作り始める。Googleスプレッドシートを使って、自宅のパソコンでも、職場のパソコンでも、スマートフォンからでも入力と確認を行えるようにしてみた。